2002年11月のつぶやき



その1

芸術の秋、音楽会の多い季節、私も旅三昧美味三昧。

10月後半はオーボエの広田智之氏
と毎年恒例の長野ミニツアーだった。
広田さんとはもう4年ほどのお付き合いかな?
すっかり「広田の兄貴」って感じなのだ。

4年間いろんなことがあった。
広田さんのビクターからのデビューアルバムに参加したのがきっかけで、
私もビクターからCDを出すことになったし、
各地での広田さんとのコンサートツアーを通じて、国内外での
いろいろな素敵な演奏家たちとの共演の機会が広がった。

私が1枚目のCDを出した後くらいだったか、
広田さんと共にお世話になっていた音楽事務所が
コンサート前日に電話不通になり、どういう事か?と心配していたら
なんといきなり倒産していて、社長も行方不明。
取立てやが楽屋に押しかけてくるのでは、、と
ヤキモキしながら会場に向かった、、、あれも懐かしい思い出。


長野・飯田を中心とした地域のかたがたの手作りコンサートツアーも
3年目となった。毎回心に残る思い出が増えて、
もうすっかり飯田がふるさとではないかと思えるほどになってしまった。

今回もまた忘れられない思い出がたくさん出来た。
初日の売木村ではコンサート終了後の宴会に”地蜂の巣”が出てきて、
生殺し状態の蜂の子を初体験!
巣からお箸でつまんで食べてしまった!
これを甘辛く佃煮状態にしたものが名物蜂の子だ。
普通は生で食べるものではないらしいが、地元の人は生でも平気らしい。
貴重な体験だった。

見よ!私のこの蜂を食す姿を!!




二日目は飯田病院のロビーコンサート。
飯田病院はロビーにグランドピアノがあり、
地元のピアノの先生方の毎週演奏や、
院内にも音楽部があって、練習スタジオもあるとか、
音楽に溢れたユニークで素敵な病院だ。
私たちは病院が改装される前、食堂にあったアップライトピアノで
二回のコンサート、改装後グランドピアノになったときには
お披露目コンサートをさせていただいたので
お医者さま、看護婦さんたちとももうすっかり顔なじみ。
コンサートは毎回お客様が2割ずつ程増えていて、
この日もたくさんのお客様だった。
すでにもう患者さんやそのご家族だけでなく、町に定着しているようだ。
心が温かくなる。


そして3日目。忘れらない出来事だった。
昼夜二回の公演を行う日だった。
出かける直前に、同行のTさんが倒れてしまった。
倒れた時には意識不明。
救急車を呼んで至急の手当てをしてもらうと、
数時間後に彼は奇跡的に回復したのだが、
直後は私も取り乱して冷静には行動できなかった。

この出来事は、みなの教訓になった。
彼が倒れたとき、その場の誰も家族や実家の電話番号を知らなかった。
携帯のリダイヤルを探して「自宅」の文字が見つかり
ようやく連絡がついた。
大事にならなくて本当によかったけれど、
今の携帯での人間関係、そして私たちのような
旅芸人(?)のような生活をしているものにとって、
身元や連絡先などはっきりするものを持ってお互い把握しておかなければ
と、そんなことを考えてしまった。

とはいっても、心配というのはすればするほど
キリがないので、毎日精一杯生きるしかない。
私なんて家族と海を越えて生活しているのから、
離れているのに互いの身に何かあったらどうしよう、、、と考えたら
もう何も出来なくなってしまう。

今を精一杯、それしかないなぁ。。。

そんなことをいろいろ考えたからなのか
夜の子供たち対象のピアノソロコンサートは格別なコンサートとなった。
飯田文化会館の大ホールのステージに
子供たち200人近く上がってもらい、ピアノの蓋をとって、開始前のアナウンスが
「曲間の移動は自由です」と告げる。
これは飯田のピアノの先生たちと私のアイデア。
クラシックの名曲シリーズ、なんて私が滅多にやらない選曲もあり。
短い曲をたくさん弾いた。
曲の間でピアノの周りに集まってくる子供たち。
最後には広田さんがゲストで飛び入りしてくださった。

こうしてまた広田兄貴と忘れられない思い出がひとつ増えた。





飯田文化会館にて 
蓋を取って反転したピアノとステージ上の子供たち




ピアノの周りに集まる子供たち