2002年12月のつぶやき



その1

大学時代からの悪友で、美人敏腕名物ディレクターY子が
超多忙な仕事の合間に休暇をとって、
ミラノ・モンツァへやって来た。

「私より先に絶対に無断で結婚するなぁ!」というのが口癖だったY子だが、
私がいきなり移住計画を行動に移したので、
「あなたが私の知らないミラノの家で、どんな生活をしているのか
見届けないわけには行かない!」と言い、
急に思い立ったように仕事をやり繰りして、ミラノまで飛んできたのだ。

こういう瞬発力があるからこそ、Y子は次々アーティストを発掘したり、
ヒットを出したり出来るんだろう。

あの誇り高き美人ディレクター様に、
うちのような狭いアパートに泊まらせるのもなんだなぁ、、と思い、
Y子の到着前から近所のホテルを物色。
私なんかは旅先でも2つ星ホテルで手を打つが、
彼女にはモンツァ駅前の立派な門構えの4つ星ホテルを予約した。


さて、妙齢の女性が東京から一人でやってくるとなると、
どこを案内するべきか。
幸い、彼女はブランドには興味がないから、ミラノで日本人観光客の
典型のようなグッチ、プラダ、フェラガモ巡り、というのは
やらなくても良さそうだ。
教会や、美術館を巡ろうか、とも思ったが、
彼女の滞在期間は祝日、休日の連休で美術館など軒並み
閉館なのだ。
私は私で今回も、毎日打ち合わせだ、レッスンだ、
リハーサルだ、お付き合いの音楽会、と用事が沢山ある。
まあ、でもY子は私の生活ぶりが見たいというのだから、
無理に観光案内しないでも、
こちらでの普通の毎日を垣間見てもらえば良いのだろう、
と思うことにした。

Y子は上手に旅行日程を組み、モンツァにたどり着く前に
観光ツアーに数日便乗し、ローマ、シエナ、フィレンツエの名所名跡を
巡ってきたようだった。
観光コースを堪能してきてくれたので、モンツァでごく普通の
生活を一緒に送るのはベストな選択だった。

朝はY子をホテルに迎えに行って、私のお気に入りの近所のパン屋で、
甘いカスタードクリーム入りのクロワッサンとカプチーノ。
勢いよくかぶりつくと、パンについている粉砂糖とカプチーノの白い泡が
口の周りについてしまって、まるで子供のような私たち。
甘いパンとカプチーノ、もしくはビスケットとエスプレッソ、
これがミラネーゼの朝なんだよ、と
ミラノ初心者の私が説明する。
「そういえば、ローマやフィレンツエのホテルでも
朝、卵が出てこなかったんだよ、卵食べたーい!」とY子。
ああ、そうだった。
日本でもアメリカでもホテルの朝食といえば、スクランブルエッグにカリカリベーコン。
でもイタリアで朝からそんなもん食べてたら、きっと嫌な顔されるだろう。

午前遅くから私は練習、Y子は駅前に出ている蚤の市みたいな
テントを物色してお土産を買い込んだり、教会や町を散策、
遅めのお昼には私も練習を終えてアパートに彼女を呼んで、
簡単なパスタを作って振舞い、
夕方はお世話になっているクラシック音楽愛好家の持っている
コンサートサロンでリハーサルを見学してもらったりした。
こういう、いわゆるパトロンのような人たちが居て、
ブルジョアの人もそうでない近所のバールのおじちゃんも、
ここには音楽を楽しむという事がごく普通に存在しているんだよね、
当たり前のことだけれど感激するよね、とY子と私。


こうして束の間の数日間ではあったが、3食一緒に食べ、
お互い勝手なことをして過ごしてもなぜかイタリアに居ると
まだまだ時間があるわけで、久しくいろいろと語り合ってしまった。
こんなこと、東京ではなかなか出来ない。


Y子から「無事帰国」というタイトルのメールが届いた。
「亜樹がなんで今の生活を選択したのか、よーくわかったよ」と
書いてあった。

またいつでもいらっしゃいませね、敏腕美人スーパーディレクター様。
今度は朝はおいしいオムレツを作って差し上げますから。